2020年04月26日

2020年4月26日主日礼拝

2020年4月26日復活節第3主日礼拝

聖書  ヨハネによる福音書21章1−14節
讃美歌 15、二編171、294
講読詩編 4編
説教  「復活の主に導かれ」 小友聡牧師
出席者 13名(幼児1)

*先週の教会総会の選挙結果は5月の役員会の承認を得てから報告いたします。
*役員会は5月10日(日)に予定しています。
*手作りマーマレードを販売します。
<説教要旨>
 ヨハネ福音書21章復活物語は大変象徴的な意味を持っています。見逃されがちですが、4節と11節に
「引き上げる」という言葉が出てきます。弟子たちが網を引き上げて、多くの魚を得ました。この「引
き上げる」という言葉は、6章44節と12章32節の「引き寄せる」と同一です。主イエスは信じる者を御
自分に「引き寄せる」と約束されました。それが、主イエス復活後のこの21章で、弟子たちが多くの魚
を「引き上げる」ことにおいて実現しているのです。
 弟子たちに約束されたことが、主イエスの復活後に、弟子たちに実現するのです。しかも生き生きと
した仕方で実現するのです。キリストの復活を信じるということは、このように、主の約束が実現する
ことを体験できるということです。
 南ドイツのオーバーアマガウで受難劇が上演されます。この受難劇は、400年前にヨーロッパを襲った
ペストで村が壊滅した直後から始まります。生き残った人々が、もし疫病が終息したら受難劇を始めよう
と誓った誓いを果たしたことが発端です。主イエスの受難と死と復活を演じるこの受難劇は、疫病の犠牲
者の墓の上に舞台があります。これは、死の絶望の中でも決して希望を捨てないという信仰の告白です。
キリストに引き寄せられたのだから、今度は自分たちが引き上げる者になる。この受難劇には、そのよう
に疫病を経験し、キリストを信じて生き抜いた人々の信仰があります。
 私たちも復活の主を信じ、復活の主に導かれて、この疫病の時代をたじろがずに歩んで参ります。 
 
posted by nakamuracho at 14:49| Comment(0) | 礼拝記録

2020年04月19日

2020年4月19日主日礼拝

2020年4月19日復活節第3主日礼拝

聖書  ヨハネによる福音書20章19-31節
賛美歌 2.156、298
説教  「復活の主が真ん中に立ち」小友絹代牧師
出席 男3名、女10名、計13名
<説教要旨>
「あなたがたに平和があるように」と主は三度も言われた。「平和があるように」とは、
平和は既にある、とも訳せる。主イエス・キリスト御自身が平和として弟子たちと共にい
てくださる。だから、平和を失っている弟子たちに平和が与えられるのだ、という意味で
ある。これは今、私たちに当てはまること。今、不安と恐れの中にある教会に対して、主
は「あなたがたに平和があるように」と呼びかけておられる。
 トマスの疑いは、信仰共同体の交わりから離れていたことに原因がある。そのトマスに
復活の主は現れ、御自身の「傷」を示し、そこに直接に触れることをトマスに求めた。そ
の主イエスの傷は、トマスの、いや私たちの罪ゆえに主が受けられた身代わりの傷である。
トマスは自らの罪が痛いほどわかり、それゆえに「わたしの主」と答えた。これは私たち
の信仰の告白である。見ないで信じることが幸いだとトマスに言われた主は、私たちが幸
いであることを教えてくれる。そこに私たちキリスト者の慰めがある。

*本日礼拝後に定期教会総会が行われました。現住陪餐会員9名出席で、委任状が9通届き、
総会成立の定足数に達しました。35分という短い時間で、12時15分に終了しました。
*今週22日(水)午前10時半より、聖書研究祈祷会が行われます。
posted by nakamuracho at 17:58| Comment(0) | 礼拝記録

2020年04月12日

2020年4月12日イースター礼拝

2020年4月12日(日)イースター礼拝

聖書  ヨハネ福音書20章1−18節
賛美歌 17、151、148、540
説教  「キリスト復活」小友聡牧師
出席13名(陪餐11名)
*次週、教会総会をいたします。出席できない教会員は委任状をご提出ください。

<説教要旨>
 ヨハネ福音書の復活証言には、弟子が復活を理解していないのに、「信じた」と
書かれていることに特徴があります(20章8-9節)。復活は理解したから信じるので
はありません。分からずとも、信じて前に進むことがキリストの弟子として必要なの
です。
 今、コロナウイルス感染拡大で世界が恐怖に怯えています。このイースターの日に
教会に集まる私たちもそうです。復活の日に右往左往していた弟子たちと似ています。
けれども、分からなくても、不安が消えずとも、信じて前に進むことが求められてい
ます。私たちの不安は、究極的には死への不安です。誰もがウイルスで死への不安に
怯えています。けれど、ウイルスから逃れても、私たちは死から逃れることはできま
せん。私たちに寿命があるからです。死への不安はなくならないでしょう。
 けれども、キリストはこの死に打ち勝ち、信じる私たちに永遠の命を与えてくださ
いました(ハイデルベルク信仰問答45)。私たちはこのお方に属し、このお方の命に
繋がる者として、信じて前に進みましょう。不安はなくなりませんが、たじろがず信
じて進むのです。開かれた心と明るさを取り戻しましょう。他者に仕える歩みをしま
しょう。今日はイースターです。復活の主が私たちの歩みに寄り添ってくださいます。
 
posted by nakamuracho at 16:17| Comment(0) | 礼拝記録