2020年05月24日

2020年5月24日主日礼拝

2020年5月24日復活節第7主日礼拝

聖書   ヨハネによる福音書7章32−39節
讃美歌  7、158、352
交読詩編 詩編122年
説教   「キリストの昇天」小友聡牧師
出席者  27名(子供2)

*緊急事態宣言が解除される可能性がありますが、今後も三密を避けて礼拝をいたします。
*次週はペンテコステ礼拝です。聖餐式を予定しています。
*手作りマーマレードを販売します。
*NHK「こころの時代」は10月以降、再スタートになりました。
<説教要旨>
・主イエスは「わたしを於遣わしになった方のもとへ帰る」と言われたが、それはキリスト
の昇天を予告している。地上で苦難の道を進み行かれる主イエスは、復活後の昇天を予告し
たのである。今日はキリスト昇天を覚える主の日だが、今日の御言葉はこれを語るものであ
る。
・昇天によって天に帰るキリストをもう地上では見ることができない。それならば、地上に
生きる私たちはキリストに見捨てられたのだろうか。そうではない。主イエスは「わたしを
信じる者は、その人の内から生きた水が川となって流れ出る」と言われた。これは、聖霊に
おいてキリストが働くということである。
・4章でサマリヤの女に主イエスは同じことを語っている。人に言えない暗い過去を持ってい
るサマリヤの女に主イエスは「わたしが与える水はその人の内で泉となり、永遠の命に至る水
がわき出る」と約束された。主イエスは、地上にいる私たちにこのように約束されたのである。
これがキリストを信じる者に約束された慰めである。
・外出自粛で、多くの人は孤独を強いられている。私たちもそうである。けれども、キリスト
を信じる私たちは決して一人ぼっちではない。目に見えないけれど、聖霊においてキリストは
私たちと共におられ、私たちの内で命の泉となってくださる。これは私たちの慰めである。一
人で聖書を読み、「キリストが共におられる」という信仰体験を積み重ねながら、希望をもっ
て歩もう。
・、
posted by nakamuracho at 13:49| Comment(0) | 礼拝記録

2020年05月17日

2020年5月17日主日礼拝 2020年5月24日主日礼拝

2020年5月17日復活節第6主日礼拝

聖書   ヨハネによる福音書16章25-33節
讃美歌  4, 358, 520
交読詩編 3編
説教   「しかし、勇気を出しなさい」小友絹代牧師
出席者  21名(子供2)

*皆さんがお持ちの2020年版「日毎の糧」を利用して、聖書の通読をお勧めします。こういう時期だからこそ、ゆっくりじっくり聖書を読み味わう経験をしましょう。
*Eテレ「こころの時代」は放送予定が変更され、10月から再スタートとなりました。
*手作りマーマレードの販売をしています。
<説教要旨>
・主イエスは言われました。「あなたがたには世で苦難がある。しかし、勇気を出しなさい。わたしは既に世に勝っている。」こう言われる主イエスは、私たちのことを知っておられます。私たちの苦難を主イエスはすべて知っておられるのです。それは、主イエスが私たちの苦難を御自分の苦難として、とことんまで味わい尽くされたからです。主イエスのあの十字架がそれをはっきりと示しています。主イエスは十字架を通って復活されました。その復活の主が「わたしは既に世に勝っている」と私たちに勝利を語ります。
・世に勝った主は、私たちと共におられ、私たちと共に歩んでくださいます。私たちの苦難はなくならないかもしれません。しかし、世の苦難に勝利した主は私たちに「勇気を出しなさい」と言われます。この主イエスの呼びかけの言葉が、キリスト者である私たちを奮い立たせます。さあ、今週も勇気を出して歩みましょう。
 




posted by nakamuracho at 14:11| Comment(0) | 礼拝記録

2020年05月10日

2020年5月10日主日礼拝

2020年5月10日復活節第5主日礼拝

聖書   ヨハネによる福音書15章18−27節
讃美歌  10、168、448
交読詩編 84編
説教   「聖霊によって」小友聡牧師
出席者 27名(子供2名)
*礼拝後に5月定例役員会。
*教会報103号を発行。
*13日(水)午前10:30より聖書研究祈祷会。
*NHK「こころの時代」は予定変更で、10月から再スタートとなった。
<説教要旨>
・「世はあなたがたを憎む」と繰り返されるが、これは教会が迫害を受けることを予告したもので、
この福音書が書かれた時代背景と関係する。主イエスはこれによって、キリストを信じる者は、キリ
ストを信じるゆえに世から嫌われると教えている。
・けれども、世があなたがたを憎むからと言って、「あなたがたは世を憎め」とは決して言われてい
ない。むしろ、あなたがたは世を憎まず、この世にあって生きよと主イエスは教えている(17章15節)。
・このことは、今、私たちが直面していることと関係する。礼拝に集まることを嫌う世に対して、私たち
は世を憎むのではなく、それを受け入れて、この世でキリスト者として胸を張って生きることが求めら
れている。これについては、ロマ書12章12節が心に響く。「希望をもって喜び、苦難を耐え忍び、たゆま
ず祈りなさい。」今、自由が奪われ、先が見えなくても、希望と忍耐は必ず勝利をもたらす、と信じよう。
・今日の御言葉の最後で、主はあなたがたに弁護者を遣わす、と約束されている。弁護者とは聖霊のこと
であり、これは「傍らに呼び寄せる者」という意味。聖霊は、キリストが私たちを傍らに呼び寄せてくだ
さるのであって、そのようにして主はいつも私たちと共にいて下さる。だから、私たちはたとえ囚人のよ
うに家に繋がれていても、決して一人ぼっちではない。聖霊によって、私たちは主と共にある。そう信じ
て、歩み出そう。

 
posted by nakamuracho at 15:15| Comment(0) | 礼拝記録