2020年10月25日

2020年10月25日主日礼拝

2020年10月25日降誕前第9主日(神学校日礼拝)

聖書:  ヨハネによる福音書5章1−9節
讃美歌: 15、291、448、544
交読詩編:16編
説教:  「床をかついで歩きなさい」 高アンナ神学生
出席者: 38名(子供1)
<教会学校>
聖書:  ルカによる福音書24章50−53節
説教:  「天に昇り、全能の父なる神の右に座したまえり」赤坂姉
出席者: 幼小5、中高3、父母3、教師9

*本日の礼拝で、北野光枝姉の転会式をいたしました。
*本日の席上献金は東京神学大学にお捧げします。
*森清子姉が天に召され、30日(金)午後1時半よりご親族だけで葬儀をいたします。
<説教要旨>
*ベトザタの池で癒しを求め、38年間も病気で苦しんでいた病人がいた。彼は、ここに
は救いがなく、希望がないことを知っていたが、ここしか場所はなかった。この病人に
主イエスは出会われ、「良くなりたいか」と言われた。これには、主イエスの同情と痛
みが現れている。
*しかし、主イエスはこの病人に「起き上がりなさい。床を担いで歩きなさい」と言われ
た。「起き上がる」とは復活を意味する。またそれは、病の現実から逃れるのではなく、
病を自分で担いなさいという言葉であった。この言葉を聞いて、病人はすぐによくなって、
床を担いで歩きだした。主はいつでも私たちに目を留めて下さる。私たちと一緒に病の床
を担いでください。それゆえに、私たちは起き上がり、床を担い歩くことができるのである。
posted by nakamuracho at 12:55| Comment(0) | 礼拝記録

2020年10月18日

2020年10月18日特別礼拝

2020年10月18日聖霊降臨節第21主日特別礼拝

聖書   ルカによる福音書8章16−18節
讃美歌  7、55、273A
交読詩編 67編
説教   「どう聞くべきか」 小島誠志先生
出席者  38名(子2)
<教会学校>
聖書 ルカ24章1−12節
説教 「三日目に死人のうちからよみがえり」佐々木兄
出席 幼小4、中高0、父母3、教師9

*礼拝後に、小島先生によるミニ講演会が行われました。
<説教要旨>
・「ともしび」はわずかな光でも部屋全体を明るくできる。少量の塩で味付けできるように。
日本ではキリスト者はわずか1%だが、小数者であることに誇りを持とう。
・隠されているものは必ず露わになる。信仰も同じ。信仰は心の問題で、外に現れないとい
うものでは決してない。必ず露わになる。だから、神に聞かなければならない。私たちはキ
リストによって罪赦され、神の御前に立つことができるようになった。それは神に直接に聞
くことができるようになったということ。神に聞き、神に祈るのだ。これがキリスト者の原
点である。この原点は必ず露わになる。この原点から生きるのである。上手に生きることが
大事ではない。人は、生きる原点がなければまっすぐに生きることができない。キリスト者
は神に聞き、神に祈るという原点によって生きる。それは、「ともしび」のように必ず露わ
となる。

posted by nakamuracho at 14:49| Comment(0) | 礼拝記録

2020年10月11日

2020年10月11日主日礼拝

2020年10月11日聖霊降臨節第20主日礼拝

<教会学校>
聖書:ルカ福音書23章44−56節
説教:「死にて葬られ、よみにくだり」土肥姉
出席:幼小5, 中高2, 父母4(9)

聖書:  第2コリント5章1−10節
讃美歌: 19、355、520
交読詩編:詩編93編
説教:  「永遠の住みか」小友聡牧師
出席者: 31名(子供1)
*本日の礼拝は、NHK「こころ時代」収録のために一部を撮影させていただきました。
*次週は特別礼拝です。小島誠志先生がお出でになり、説教をしてくださいます。また、礼拝後に
ミニ講演会を予定しています。
*教会報104号が発行されました。

<説教要旨>
*パウロは、私たちのために「永遠の住みか」が用意されていると教えます。一方で、パウロは「地上の幕屋」である地上の住みかについて語り、これは私たちの現実の生活です。幕屋に住むということは、寄る辺
なく生きるということ。少々悲観的ですが、私たちもまた、明日が見えず、途方に暮れ、うめくしかない経
験をします。「地上の幕屋にあって苦しみうめく」とはこのことです。
*しかし、パウロは人生を決して悲観的に見ているのではありません。むしろ、「死ぬはずのものが命に飲
み込まれる」と語ります。死の向こうに命がある。この命に死は呑み込まれてしまうのです。だからこそ、
現実は苦しけれども、キリスト者は心強く生きることができます。パウロは言います。「だから、わたしたちは落胆しません。たとえ私たちの外なる人は衰えていくとしても、私たちの内なる人は日々新たにされていきます」(4章16節)。今コロナ禍で、先が見えず、身体は衰えていくばかりでも、ひたすら主に喜ばれるよう
に前向きに歩みたいと思います。
posted by nakamuracho at 14:38| Comment(0) | 礼拝記録