2021年03月07日

2021年3月7日主日礼拝

2021年3月7日受難節第3主日

<教会学校>
聖書:出エジプト記20章12−17節
説教:「隣人を愛しなさい」吉田寛子姉
出席:幼小5、中高1、父母3、教師10
<主日礼拝>
聖書:  マタイ福音書16章13−28節
讃美歌: 16、304、280
交読詩編:84編
説教:  「この岩の上に」小友聡牧師
出席:  33名(子供2)
*礼拝堂天井から木片が落下し、今週11日に修理の工事があります。
*礼拝後に役員会がありました。
*10日(水)午前10:30より聖書研究祈祷会があります。
<説教要旨>
*人々は主イエスを預言者の一人と見ていたが、ペトロは主イエスの前で「あなたは神の子キリストです」ときっぱりとした信仰を告白した。ところが、主イエスがご自分の死と復活を予告すると、ペトロは主イエスを脇へ連れ出し、「そんなことがあるはずはない」と諫めた。そのペトロに主イエスは「サタン、引き下がれ。あなたは神のことを思わず、人間のことを思っている」と言った。ペトロの信仰の破れがはっきりと現れる。このような信仰の破れを持つペトロに対し、主イエスは、にもかかわらず「わたしについて来たいなら、自分を捨て、自分の十字架を背負ってわたしに従いなさい」と言われる。
*信仰の破れを持つペトロの姿は私たちの姿である。私たちは主イエスを信じると言いながら、自分の利益を優先し、自分の思惑の中でしか信じることができない。ペトロは三度主イエスを裏切り、主イエスを十字架に追いやった情けない弟子だ。けれども、主イエスは、岩という意味のペトロに「わたしはこの岩の上に教会を建てよう」と約束し、「自分の十字架を背負って私に従いなさい」と招かれた。それはペトロのすべての失敗を主イエスは知った上で、ペトロが自らの十字架を背負って主に従うということを主イエスは見ておられるからである。第1ペトロ4章16節は、後のペトロが書いた言葉である。「キリスト者として苦しみを受けるのなら、決して恥じてはなりません。」失敗しない人間は一人もいない。痛い失敗をしながら、その苦しみを引き受けて、それでもキリストに従う。そういうキリスト者であることを恥るな、ペトロはそう言う。私たちもそのように生きよう。
















posted by nakamuracho at 13:54| Comment(0) | 礼拝記録