2021年03月28日

2021年3月28日主日礼拝

2021年3月28日受難節第6主日(棕櫚の主日)

<教会学校>
聖書  マルコ福音書15章21−32節
説教  「主イエスの十字架」
出席  幼小3、中高1、父母3、教師8

<主日礼拝>
聖書   マタイ福音書27章32−56節
讃美歌  54、138、262
交読詩編 詩編118編19−29節
説教   「十字架の神の子」小友絹代牧師
出席   29人(子供1)
*礼拝後に短時間で大掃除をしました。
*2日(金)午後3時より受難週祈祷会をいたします。
*3日(土)午後1時半よりイースターエッグ作りをいたします。
*次週イースター礼拝より新しい聖書を使用します。
*次週礼拝前10:00に臨時役員会をいたします。
<説教要旨>
*主イエスの受難を記す福音書の物語は主イエスの苦痛については語らず、それを取り巻く人々の姿を詳述している。人々の主イエスに対する侮辱が中心である。、それ、すべての人々がその侮辱に加わったということを物語る。言葉の暴力。「神の子なら自分を救え」は残酷な言葉である。
*なぜ、主イエスはそのような惨い死を自ら引き受けたのか。なぜ他人を救って自分を救わなかったのか。それは、神の子が死ぬ以外に、私たちの罪の赦しは不可能であったからでらる。主イエスが罵りと侮辱を受けたのは、私たちの代わりに主イエスが罪を引き受けられたということである。
*エリ、エリ、レマ、サバクタニは神に見捨てられた者の絶望の言葉である。この言葉を神の子イエス・キリストが自ら語ることによって私たちは救われた。それは、神は私たちを決して見捨てないことを保障しているのである。この十字架で死んだお方こそ私たちの救い主である。


posted by nakamuracho at 14:28| Comment(0) | 礼拝記録