2021年05月30日

2021年5月30日主日礼拝

2021年5月30日聖霊降臨節第3主日

<教会学校>
聖書  マルコ福音書2章1−12節
説教  「主イエス、中風の人をいやし、罪を赦す」久慈姉
出席  幼小4、中高0、父母2、教師10

<主日礼拝>
聖書   エフェソの信徒への手紙1章3−14節
讃美歌  67、500、282
交読詩編 100編
説教  「恵みによって」小友聡牧師
出席   33名(子供1)
*6月20日(日)主日礼拝に山森風花伝道師をお招きします。

<説教要旨>
*天地創造の前から神はキリストによって私たちを愛し、私たちを選んでくださったと記されます。父なる神は天地創造の前に、独り子キリストを地上に遣わし私たち人間の罪を赦す計画を定めておられました。このキリストの選びによって、キリストを信じる私たちもまた神に選ばれ、神の子とされるのです。私たちが生まれる前から選ばれていたということはそういうことです。
*「時が満ちるという御計画のため」と記されています。時が満ちるとはキリストが誕生し、十字架と復活という救いの出来事を成し遂げただけではありません。神の計画はそれで完成ではなく、この救いの福音がすべての人に告げ知らせなけれななりません。だから、時が満ちて、ペンテコステに弟子たちの群れに聖霊が降り、教会ができたのです。私たちは聖霊によって教会に導かれ、キリストに出会い、救いを得ることができました。三位一体という言葉は聖書には出て来ませんが、今日の御言葉はこのことをはっきりと教えてくれます。
*私たちは先行する恵みに招かれています。先行する恵みとは、私たちが気づく前に、すでに神の恵みが私たちに先行してあるということです。私たちはそれぞれキリストに出会う経験をしました。もし人生が順風満帆であったらキリストに出会わなかったかも知れません。それは偶然ではなかったのです。私たちの人生は神の御計画の中にあるのです。そのことを信じて歩みましょう。
posted by nakamuracho at 12:36| Comment(0) | 礼拝記録

2021年05月23日

2021年5月23日ペンテコステ礼拝

2021年5月23日聖霊降臨節第1主日

<教会学校>
聖書  使徒言行録2章1−4節
説教  「教会が誕生する」奥野姉
出席  幼小4、中高3、父母2、教会10

<主日礼拝>
聖書   使徒言行録2章1−11節
讃美歌  66、183、181
交読詩編 詩編51編12−19節
説教   「聖霊が降る」小友絹代牧師
出席   30名(子供1)
*礼拝において聖餐式を執行しました(陪餐26名)。
*今週26日(水)午前10:30より聖書研究祈祷会があります。

<説教要旨>
*ペンテコステは教会が誕生した日。この日、弟子たちの群れに聖霊が降り、教会が生まれた。弟子たちは
この日、キリストの証人として新しく生きる者となった。
*主イエスはあらかじめ弟子たちにこの日を予告していたが、どういうことかがわからなかった。ペンテコステの日、聖霊が降り教会ができたが、弟子たちが話し合ってできたのではなく、聖霊によって神の意志により教会は生まれたのである。
*弟子たちは自分たちがキリストの証人になる資格などないと考えていた。特にペトロはそうである。しかし、彼らは神の御業を語り出した。神の御業とは、キリストの十字架と復活によってすべての人間の罪が赦され、神との和解がもたらされたということ。あの弱い、臆病な弟子たちが、この日、大胆にキリストを宣べ伝え始めたのである。彼らはキリストの証人として新しく生きるように変えられた。弟子たちに降った聖霊は今も働いている。私たちも聖霊によって弟子たちのように新しく生きるのである。
posted by nakamuracho at 14:05| Comment(0) | 礼拝記録

2021年05月16日

2021年5月16日主日礼拝

2021年5月23日復活節第7主日

<教会学校>
聖書  マルコ福音書1章40−45節
説教  「重い皮膚病を患っている人をいやす」佐々木兄
出席  幼小4、中高1、父母2、教師9

<主日礼拝>
聖書   ルカ福音書24章44−53節
讃美歌  二編1、158、187
交読詩編 122編
説教   「聖書を悟らせるため:
出席   37名(子供1)
*国際ギデオン協会練馬支部の方々が礼拝に出席され、礼拝後に証をしていただいた。
*次週はペンテコステ礼拝で、聖餐式を執行します。
*22日(土)午後2:30から讃美歌カフェをいたします。

<説教要旨>
*今日はキリストの昇天を覚える日。ルカ福音書24章44−53節はこのことを記しています。キリスト復活後
40日目に、弟子たちの前でキリストは天に昇りました。その前にキリストは弟子たちに「聖書を悟らせるため」に御自分で聖書を解き明かされました。苦難も十字架も復活も聖書の言葉がそれを予告していたのであり、それはすべて成就したのです。「聖書を悟らせるため」とは、聖書を読むことによって私たちはキリストというお方を悟ることができるということ。主イエスは天に昇る前に、聖書を悟れと弟子たちに教えたののです。
*中村町教会では、今年度の教会標語を「御言葉を食べ、御言葉を楽しむ」にしました。エレミヤ書15章16節の言葉です。御言葉を食べるとは、キリスト者は聖書の言葉を信仰の糧として生きるということ。その意味で、私たちは御言葉を食べて生きるのです。皆が聖書の言葉で生かされる経験をしてきました。私たちはいつも聖書を読み、聖書に養われて生きるのです。昇天後にキリストは地上におられませんが、私たちは聖書の言葉を読むことによってすべてを知ることができます。今、コロナ禍で礼拝に来れない人にこのことは慰めを語ります。御言葉を読むことによってキリストに出会うことができるからです。主は「聖書を悟らせるために」と言われました。私たちは聖書を読み聖書を悟る歩みへと押し出されています。
posted by nakamuracho at 13:16| Comment(0) | 礼拝記録