2021年06月13日

2021年6月13日主日礼拝

2021年6月13日聖霊降臨節第4主日

<教会学校>
聖書   マルコ福音書3章1−6節
説教   「安息日に手の萎えた人をいやす」吉田姉
出席   幼小3、中高4、父母2、教師8

<主日礼拝>
聖書   フィリピの信徒への手紙2章12−18節
讃美歌  68、450、338
交読詩編 詩編32編
説教  「キリストの日に誇る」
出席   31名(子供1)
*礼拝において、藤田洋一兄の役員任職式をいたしました。
*礼拝後に教会学校教師会がありました。

<説教要旨>
*「こうして私は、無駄に走ったわけでも、無駄に労苦したわけでもなかったと、キリストの日に
誇ることができるでしょう」(16節)とパウロはフィリピ教会の人々に書いている。終わりの日、
キリストが来臨される時、キリスト者は主の御前に招かれる。その時、キリストを信じて生き抜い
たことは無駄ではなかったと誇ることができる。パウロは自らの死を覚悟して、この事を語った。
このパウロの手紙を読んで、フィリピ教会の人々は奮い立ったことだろう。パウロによって創設さ
れたこのフィリピ教会を皆で一緒に担って行こう、という思いになったに違いない。それは、今日、
ここに集まる私たちも同じである。
*中村町教会の創立者、上田公子牧師に関する貴重な資料が見つかった。昭和9年に夫・上田丈夫牧
師が急逝した時、公子夫人は「これからどうしたらいいかわからない」と悲嘆に暮れた。その悲痛な
文章が遺っている。当時、公子夫人37歳。しかし、その直後に公子夫人は日本神学校に入学し、3年後、
卒業して婦人伝道師になった。戦時下を生き抜き、昭和27年6月15日に還暦近くなった上田公子牧師が
丈夫牧師の志を実現し、この地に教会を建てた。これが中村町教会の始まりである。中村町教会はその
後、消滅の危機に陥った。昭和47年に礼拝を休止した。しかし、阿佐ヶ谷東教会の方々によって接ぎ木
され再建されたが、頼みの高崎牧師を失い、またしても危機に陥った。ひたすら苦労が続いたにもかか
わらず、上田牧師や高崎牧師の志を共有する信徒たちが教会を担い、今日に至っている。パウロが「走
ったこと、労苦したことは無駄ではない。キリストの日にそれを誇ることができる」とフィリピ教会に
書いたことは、私たちの教会にもあてはまる。いや、これは私たち自身の思いである。
*私たちの信仰生活も山あり、谷ありで、苦労は多い。しかしキリストのために走ったことが無駄では
なく、労苦したことも無駄ではなかった、とキリストの日に誇ることができるという言葉を与えられて
いる。この励ましの言葉を握りしめて、共に歩もう。
posted by nakamuracho at 13:14| Comment(0) | 礼拝記録