2022年11月20日

2022年11月20日永眠者記念礼拝

2022年11月29日降誕前第5主日

<教会学校>
聖書  歴代誌下36章11−23節
説教  「王国の滅亡」佐々木兄
出席  幼小2、中高2、父母0、教師9

<主日礼拝>
聖書   第1テサロニケ4章13−18節
讃美歌  7, 489, U136
交読詩編 90編
説教   「主が来られる時まで」
出席   34名(子供1)
*礼拝後に、小平霊園に有志で墓参をいたしました。
*謝恩日献金をいたします。指定の献金袋があります。

<説教要旨>
*1973年以降、中村町教会で天に召された教会員は105名です。この「1年間に4名の姉妹たちが
天に召されました。いずれも要会で掛け替えのない方々で、キリスト者として生涯を全うされま
した。私たちはこれらの方々の志を受け継ぐ者たちであり、また生き残った者たちです。
*聖書は「眠りに就いた人たち」と繰り返しますが、眠りに就くとはやがて復活するという望み
があるからです。復活を信じるとは現代では非常識と言われそうですが、教会では毎週、使徒信
条で「体の甦り、とこしえの命を信ず」と私たちは告白しています。死はすべての終わりではな
く、主が来られる時に使者は甦るのです。希望を持たない他の人のように嘆き悲しまないでほし
いと聖書は教えてくれます。
*今日の御言葉において、決定的に大事なことは、復活を信じる私たちがどう生きるかというこ
とです。4章と5章にそれが具体的に教えられています。特に5章は具体的です。いつも喜び、絶え
ず祈り、どんなことにも感謝せよと書かれています。深い悲しを背負い、今も嘆いている人がい
るでしょう。けれども、生き残ったあなたたちは悲しみ負けず、嘆きにうずくまっていてはいけ
ない。生き残った者には、生きて、与えられた使命を果たす責任があるのですよ、と教えられて
いるのです。涙を拭いて、生きるのです。主が来られる時まで。




























































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































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2022年11月13日

2022年11月13日主日礼拝

2022年11月13日降誕前第6主日

<教会学校>
本日は合同礼拝でした。*
*次週は収穫感謝祭ですので、果物をご持参ください。

<主日礼拝(児童祝福礼拝)>
聖書   歴代誌下23しょう1−3節
讃美歌  312、歓喜の歌、461
交読詩編 23編
説教   「神さまに立ち帰れ」
出席   36名(子供3)
*本日は教会学校との合同礼拝で、礼拝において児童祝福をしました。
*次週は永眠者記念礼拝です。礼拝後に小平霊園に参ります。

<説教要旨>
*ヨシヤ王は8歳でユダ王国の王となり、26歳の時に改革を始めました。神殿で契約の書を
発見したのがきっかけでした。ヨシヤ王はその契約の書を人々に読み聞かせ、そして自らも
誓いを立てました。心を尽くし、力を尽くして神さまに従うと。
*イエス様も同じことを言われました。心を尽くして神様を愛しなさいと。ヨシヤ王はそれ
までに自分の間違いを認め、神様に立ち帰った王でした。人々もヨシヤ王に続きました。
*人間の心は弱いものです。けれども、私たちは思い起こします。神さまは私たちにイエス
様を与えてくださいました。主は弱い私たちと一緒にいてくださいます。讃美歌461番「主我
を愛す」はこのことを教えてくれる讃美歌です。神さまに立ち帰るとは、毎週、教会に行くと
いうことです。イエス様は毎週、私たちを迎えてくださいます。
posted by nakamuracho at 13:33| Comment(0) | 礼拝記録

2022年11月06日

2022年11月6日主日礼拝

2022年11月6日降誕前第7主日

<教会学校>
聖書  列王記上18章30−40節
説教  「エリヤとバアルの預言者」土肥姉
出席  幼小3、中高1、父母2、教師8

<主日礼拝>
聖書   創世記18章1−15節
讃美歌  19, 281, 267
交読詩編 100編
説教   「神の民の選び」
出席   42名(子供1)
*礼拝において聖餐式を執行しました。
*今週9日(水)午前10:30より聖書研究祈祷会、12日(土)午後2:30-4:00 に讃美歌カフェ
があります。
*来週13日は児童祝福礼拝を致します。9:00からの教会学校はありません。
*11月20日(日)は永眠者記念礼拝です。礼拝後に有志で小平墓地に参ります。

<説教要旨>
*高齢のアブラハムとサラの夫婦に男の子が生まれる、約束物語である。ここを読むと、サラが思わず
心の中で笑った不信仰が厳しくとがめられているように感じられる。その不信仰が際立つように思われ
る。けれども、そうではない。「あなたは確かに笑った」と主は事実を指摘するが、これは決してサラ
を強く非難したのではない。なぜなら、サラの笑いは人間としてもっともなことであるからだ。
*むしろ、そういうサラの、私たち人間の思いをはるかに超えて、神の計画が実現していくということ
が言われているのである。「主にとって不可能なことがあろうか」は、そういう意味である。たとえ人
間がどんなに不信仰であっても、にもかかわらず、その不信仰を超えて神の計画は実現する。しかし、
それは、信じれば必ず奇跡が起こるということではない。
*高齢になり、笑うことを忘れかけていた、アブラハムとサラの夫婦にイサクが与えられる。この「イ
サク」という名前は「彼は笑う」という意味。主はサラに「笑い」を与えて下さった。サラの笑いは不
信仰な笑いであったが、その笑いの通りに、イサク「彼は笑う」という男の子がサラに与えられたので
ある。まるで、サラの不信仰の笑いを神様は抱きしめるようにして、サラに恵みを与えて下さった。そ
れは、言い換えると、神はあなたを見捨てないということ。あなたがどんなに不信仰であっても、主は
見捨てないという福音の言葉を私たちは教えられるのである。
posted by nakamuracho at 14:41| Comment(0) | 礼拝記録