2022年11月06日

2022年11月6日主日礼拝

2022年11月6日降誕前第7主日

<教会学校>
聖書  列王記上18章30−40節
説教  「エリヤとバアルの預言者」土肥姉
出席  幼小3、中高1、父母2、教師8

<主日礼拝>
聖書   創世記18章1−15節
讃美歌  19, 281, 267
交読詩編 100編
説教   「神の民の選び」
出席   42名(子供1)
*礼拝において聖餐式を執行しました。
*今週9日(水)午前10:30より聖書研究祈祷会、12日(土)午後2:30-4:00 に讃美歌カフェ
があります。
*来週13日は児童祝福礼拝を致します。9:00からの教会学校はありません。
*11月20日(日)は永眠者記念礼拝です。礼拝後に有志で小平墓地に参ります。

<説教要旨>
*高齢のアブラハムとサラの夫婦に男の子が生まれる、約束物語である。ここを読むと、サラが思わず
心の中で笑った不信仰が厳しくとがめられているように感じられる。その不信仰が際立つように思われ
る。けれども、そうではない。「あなたは確かに笑った」と主は事実を指摘するが、これは決してサラ
を強く非難したのではない。なぜなら、サラの笑いは人間としてもっともなことであるからだ。
*むしろ、そういうサラの、私たち人間の思いをはるかに超えて、神の計画が実現していくということ
が言われているのである。「主にとって不可能なことがあろうか」は、そういう意味である。たとえ人
間がどんなに不信仰であっても、にもかかわらず、その不信仰を超えて神の計画は実現する。しかし、
それは、信じれば必ず奇跡が起こるということではない。
*高齢になり、笑うことを忘れかけていた、アブラハムとサラの夫婦にイサクが与えられる。この「イ
サク」という名前は「彼は笑う」という意味。主はサラに「笑い」を与えて下さった。サラの笑いは不
信仰な笑いであったが、その笑いの通りに、イサク「彼は笑う」という男の子がサラに与えられたので
ある。まるで、サラの不信仰の笑いを神様は抱きしめるようにして、サラに恵みを与えて下さった。そ
れは、言い換えると、神はあなたを見捨てないということ。あなたがどんなに不信仰であっても、主は
見捨てないという福音の言葉を私たちは教えられるのである。
posted by nakamuracho at 14:41| Comment(0) | 礼拝記録