2021年01月10日

2021年1月10日主日礼拝

2021年1月10日降誕節第3主日

<教会学校>
聖書:マタイ福音書6章3−13節
説教:「天にまします我らの父よ、聖名をあがめさせたまえ」鹿村兄」
出席:幼小5, 中高1, 父母4, 教師10

<主日礼拝>
聖書:マタイ福音書3章7−17節
讃美歌:22、124、121
交読詩編:詩編2編
説教:「主イエスの洗礼」小友絹代牧師
出席:30名(子供2)
*礼拝後に役員会しました。
*今週13日(水)午前10:30より聖書研究祈祷会をいたします。
<説教要旨>
*洗礼者ヨハネは悔い改めの洗礼を説いていた。彼は救い主を待っていたが、それは裁きの救い主であった。
けれども、ヨハネは主イエスと出会い、変えられた。自分は主イエスの足元にも及ばず、主イエスのために道を整える存在にすぎないと悟った。
*ヨハネは、主イエスが来られた以上、自分の使命は終わったと知った。にもかかわらず、主イエスはそのヨハネから洗礼を受けようとされた。ヨハネは戸惑ったが、主イエスに従った。これが主イエスの洗礼である。
*主イエスの姿は旧約の預言者イザヤのとおりであった。神が我々の罪を贖うために我々と同じ人間になられたのである。主は王であるのに僕となられた。「主御自身、試練を受けて苦しまれたれたからこそ、試練にある者たちを助けることができるのである。」(ヘブル書2:18)このように私たちの僕となり、最後は十字架の死によって、すべてを私たちに与え尽くするために、主は地上の歩みを進めるのである。それが主イエスの洗礼の意味である。


posted by nakamuracho at 19:03| Comment(0) | 礼拝記録
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