2021年07月04日

2021年7月4日主日礼拝

2021年7月4日聖霊降臨節第7主日

<教会学校>
聖書   マルコ福音書4章1−9節
説教   「神の国についてたとえで話す@」小林千鶴子姉
出席   幼小3、中高2、父母1、教師10

<主日礼拝>
聖書   テモテへの手紙一2章1−8節
讃美歌  79、403、308
交読詩編 詩編42編
説教   「祈りなさい」小友聡牧師
出席   31名(子供1)、陪餐26名
*本日は聖餐式を執行しました。
*礼拝後に役員会がありました。

<説教要旨>
*パウロは「祈りなさい」と勧めています。願いと祈りと執り成ちと感謝をすべてのために捧げなさいと。
なぜ祈ることを勧めるか、それは私たちが穏やかで静かな生活をするためだと説明されています。
*パウロは祈ることを教えています。しかも、自分のためだけではなく、王たちと高官たちのためにも執り成して祈るように勧めます。主イエスも祈れと言われました。神は祈るわが子が求める祈りをきちんと聞き取ってくださいます。また、どう祈ったらよいかという問いに対して、主イエスは主の祈りを教えてくださいました。
*忘れてならないことがあります。それは主イエスが十字架を前にしてゲツセマネで祈られたことです。それだけではありません。十字架の絶望的な苦しみの中で、主イエスは祈られました。エリ・エリ・レマ・サバクタニと叫び、罪人を執り成して祈り、「御手に委ねます」と息を引き取られました。このお方が私たちに祈ることを教え、またパウロも「祈りなさい」と勧めます。
*祈りは私たちにとって恵みです。人生最後に私たちが語る言葉も祈りです。最後に何一つできなくなる。その人生の終わりに、しかし、私たちにできることが残されています。祈ることです。声にならなくても、祈ることができる。その祈りを聞いて下さる方がおられる。祈りは私たちに与えられた最後の恵みであり、賜物です。「祈りなさい」と聖書が教えている意味がここにあります。
posted by nakamuracho at 15:28| Comment(0) | 礼拝記録
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