2022年07月17日

2022年7月17日主日礼拝

2022年7月17日聖霊降臨節第7主日

<教会学校>
聖書  創世記37章23−36節
説教  「売られるヨセフ」佐々木兄
出席  幼小4、中高4、父母3、教師7

<主日礼拝>
聖書   ガラテヤの信徒への手紙5章2−11節
讃美歌  6, 285, 331
交読詩編 42編
説教   「十字架のつまずき」小友聡牧師
出席   32名(子供1)
*今週23日(土)午後2:30-4:00に讃美歌カフェがあります。

<説教要旨>
*パウロはガラテヤ教会の信徒たちに信仰義認について教えています。教会の信徒たちはまだ
ユダヤ教とキリスト教の区別がつきません。問題は、洗礼を受けた者が割礼を受けるべきかど
うかでした。パウロはもし割礼を受ければ、十字架のつまずきをなくすことになる、と厳しく
批判しました。
*十字架のつまずきという言葉をパウロは使います。つまずきとは妨げるものという意味です。
スカンダロス、これはスキャンダルの語源です。十字架のつまずきとは、神に呪われて十字架
で処刑されたキリストをキリスト者は信じるからです。ユダヤ人には躓きでした。けれども、
この躓きはなくてはならないもの。これがなくなれば、キリストがなさったことは見意味にな
るのです。
*十字架のつまずきは、受け入れることが難しいことがらだというです。しかし、この躓きであ
るキリストの十字架を通して、私たちは救いに導かれました。否定媒介と言えます。躓きという
なら復活も躓きです。けれども、この躓きを私たちは毎週告白します。伝道もそうです。伝道な
どやめて信仰を個人の心の問題として考えるなら、伝道も躓きです。けれども、教会は伝道する
共同体として始まったことを忘れてはならない。つまずきは与えられた恵みです。立派にはなれ
なくても、キリスト者として矜持を貫きたいと思います。
posted by nakamuracho at 16:03| Comment(0) | 礼拝記録
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