2021年08月29日

2021年8月29日主日礼拝

2021年8月29日聖霊降臨節第15主日

<教会学校>
聖書   マルコ福音書6章45−52節
説教   「湖の上を歩く」赤坂姉
出席   幼小2、中高1、父母1、教師7

<主日礼拝>
聖書   第1コリント15章35−52節
讃美歌  3, 177, 527
交読詩編 103編
説教   「究極の希望」
出席   32名(子供1)
*教会報106号が発行されました。
*次週の礼拝において、聖餐式を執行します。
<説教要旨>
*パウロは死後について語る。ここでは復活の仕方について語るのではなく、福音の内容についての戦いを
語るのである。その背景にはコリント教会の現状がある。コリント教会にはグノーシスの思想が入り込み、
ギリシアの霊魂不滅の考え方で復活が理解されていた。肉体は滅び、霊魂が復活する。しかし、聖書はそう
ではない。
*聖書においては、肉体も魂も復活するのである。種はその体を失い、死んで芽が出、成長して実を結ぶ。
種は完全に死んで復活するのである。私たちも同じ。復活の体は地上の体からは想像できない。自然の体は霊の体に復活するのである。その望みを私たちは与えられている。第二のアダムはキリストである。神が人となり、十字架で死に復活された。私たちも同じように復活するのである。これが究極の希望である。この復活の希望を私たちが持つとは、神は決して私たちを見捨てないということである。
posted by nakamuracho at 13:47| Comment(0) | 礼拝記録

2021年08月22日

2021年8月22日主日礼拝

2021年8月22日聖霊降臨節第14主日

<教会学校>
聖書   マルコ福音書6章30−44節
説教   「主イエス、五千人にパンを与える」鹿村兄
出席   幼小2、中高4、父母1、教師8

<主日礼拝>
聖書   ローマの信徒への手紙8章18−25節
讃美歌  7, 358, 399
交読詩編 46編
説教   「忍耐して待つ」小友聡牧師
出席   18名(子供0)
*今週28日(土)讃美歌カフェは中止になりました。
*教会学校教師研修会は9月以降に延期します。

<説教要旨>
*ローマ書8章でパウロは終わりの日について語ります。読んでもよくわからない箇所ですが、ここには旧約聖書に由来する黙示思想があります。それは、隠されたものが顕わになることです。終末の時に、すべての被造物は贖われ、死すべき人間も新しい命に飲み込まれ、万物は更新されます。そのように終末において、隠されたものが顕わにされるのです。妊婦は産みの苦しみをし、やがて命が誕生します。その妊婦の産みの苦しみこそ、今の時です。それゆえに、私たちは終末の時の栄光を希望し、今、忍耐して待つのです。
*フランクルの話が参考になります。二人の息子のうち、優秀な息子を事故で失い、重い障害を持った息子だけになった母親の話です。彼女は絶望し、不条理を嘆き、鬱病になりました。フランクルはその母親に言いました。「あなたが年老いて人生を終える時、あなたは人生を振り返って、何と言いますか。」母親は考えて答えました。「私は人生を終える時、こう言うでしょう。私は息子が障害者として明るく生きるために全力を尽くし、母親として息子を最後まで守り通しました。私の人生に悔いはありません。」この言葉を聞いてフランクルはこう言いました。「あなたはその終わりの日のために、今、生きているのですよ。」母親はこの時から、自分を嘆くことを止めました。自分が何のために生きているか、その意味と希望を見いだしたからです。私たちも同じです。信仰者として目に見えない希望があるからこそ、どんな苦労も引き受け、忍耐して待つのです。聖書はそのように生きることを私たちに教えているのです。
posted by nakamuracho at 15:29| Comment(0) | 礼拝記録

2021年08月15日

2021年8月15日主日礼拝

2021年8月15日聖霊降臨節第13主日

<教会学校>
聖書  マルコ福音書6章6−13節
説教  「十二人を伝道に派遣する」佐々木兄
出席  幼小3、中高1、父母2、教師9

<主日礼拝>
聖書   コロサイの信徒への手紙3章18節〜4章1節
讃美歌  2、537、二編164
交読詩編 詩編121編
説教   「キリストに仕える者として」小友絹代牧師
出席   17名(子供1)
*コロナ感染拡大の不安の中、緊張感をもって礼拝を守ります。
*8月28日(土)午後2時半から讃美歌カフェを予定していましたが、今回は休会といたします。
*小友聡牧師は本日、妙高高原教会の代務に出張しました。

<説教要旨>
*パウロは家族について、教えます。新約時代はローマ帝国下で、奴隷制社会であった時代です。
その時代に、パウロは社会の中で家族の在り方について教えますが、それはずいぶん保守的な教え
であるかに思えます。
*けれども、パウロの教えの中心には主イエス・キリストに従い、主イエス・キリストに仕えると
いう基本的な姿勢があります。皆、共に「主キリストに仕えなさい」とパウロは教えます。何をす
るにも人に対してではなく、主に対してするように行う。その家族観には、奴隷制社会にありなが
ら、とことんまで人格を尊重する聖書の教えがあります。奴隷の主人に対しても、「あなたがたに
天の主がおられる」ゆえに、奴隷を人間として尊重すべきことが説かれているのです。なぜ、パウ
ロがピレモンへの手紙で奴隷、オネシモのために執り成したかがわかります。
posted by nakamuracho at 17:53| Comment(0) | 礼拝記録