2022年08月21日

2022年8月21日主日礼拝

2022年8月21日聖霊降臨節第12主日

<教会学校>
聖書  出エジプト記20章1−17節
説教  「シナイの契約」小友絹代牧師
出席  幼小3、中高3、父母3、教師8

<主日礼拝>
聖書  エフェソの信徒への手紙5章21節〜6しぃう4節
讃美歌 8, 434, 344, 541
交読詩編 75編
説教  「人は妻と結ばれ」
出席  29名(子供2)
*教会学校教師会は延期し、本日行います。
*礼拝に山森風花先生、文也兄が出席されました。

<説教要旨>
*エフェソの信徒への手紙5章21−33節で、妻と夫についてパウロは教える。妻は夫に従え、夫は
妻を愛しなさい。そう勧められる。これは教会の結婚式でよく読まれる言葉で、よく知られている。
しかし、これは喩えによって教えられている。それは、キリストと教会の喩え。キリストが夫であり、
教会は妻である。キリストは教会を愛するのである。また教会はキリストに従うのである。キリスト
と教会の関係が夫と妻の関係、在り方に喩えられる。
*今日の御言葉の結論は、妻は夫に従い、夫は妻を愛しなさいということ。けれども、パウロは教会
という主題において教えていることが重要である。パウロはたくさんの手紙を書いているが、パウロ
の教会はには、抱えているたくさんの問題があり、理想的な教会ではない。夫婦関係も同様である。
*パウロは夫婦関係について、ただ単に模範的で理想的なことを教えているのではない。私たちにお
いても、夫婦のあり方に理想的とはいえない現実がある。そういう現実において、今日の御言葉は慰
めを与え、大切なことに気づかせてくれる。キリストは教会を愛しておられるではないか。教会はキ
リストを信頼し、キリストに従うではないか。それならば、どうしてあなたは今、妻を愛することが
できないのか。それならば、どうしてあなたは今、夫を敬うことができないのか。聖書はそのように
私たちに問いかけているのである。

posted by nakamuracho at 13:14| Comment(0) | 礼拝記録

2022年08月15日

2022年8月14日主日礼拝

2022年8月14日聖霊降臨節第11主日

<教会学校>
聖書   出エジプト記14章19−25節
説教   「紅海の奇跡」吉田姉
出席   幼小3、中高2、父母1、教師5

<主日礼拝>
聖書   ヘブライ人への手紙12章3−13節
讃美歌  6,358、298
交読詩編 94編5−19節
説教   「主に従う道」小友絹代牧師
出席   26名(子供0)
*小友聡牧師は妙高高原教会の代務のために出張しています。
*教会学校教師会は次週に延期します。
posted by nakamuracho at 11:31| Comment(0) | 礼拝記録

2022年08月07日

2022年8月7日主日礼拝

2022年8月7日聖霊降臨節第10主日

<教会学校>
聖書  出エジプト記12章21−28節
説教  「主の過越し」土肥姉
出席  幼小3、中高2、父母3、教師8

<主日礼拝>
聖書   第1コリント12章14−26節
讃美歌  7, 194, 195
交読詩編 46編
説教   「教会、一つの体」
出席   31名(子供0)
*8月の役員会、聖書研究祈祷会、讃美歌カフェは休みます。

<説教要旨>
*パウロはコリント教会の信者たちに体の喩えを語りました。それは体には足、手、耳、目、鼻が
あり、それは皆、体の一部であって掛け替えのないものだということです。教会が一つの体に喩え
られているのです。それには、コリント教会の事情があります。コリント教会内に分裂が生じ、対
立があったからです。そのためにパウロは教会が一つの体であると語ったのです。
*教会は一つの体です。皆がその体の一部です。誰一人として不必要な人はいません。体の中でつ
まらないと思える部分にかえって尊さを見出し、苦しむ者と共に苦しむのです。そのようにして、
教会は一つの体を形成しているのです。中村町教会もそのような教会でありたい思います。
*今日の御言葉から教わることは、私たちがキリストという一つの体の一部であるゆえに、使命が
あるということです。次の13章においてパウロは愛について教えています。信仰、希望、愛が強調
され、とりわけ愛に生きよと教えています。今日は平和聖日です。平和のことをシャロームと言い
ます。シャロームはバランスを保ち、秩序を回復することを意味します。今日の御言葉で、つまら
ないものを尊び、苦しむ者と共に苦しむことがシャロームです。戦いがある中でも、希望を失わず、
秩序回復のために力を尽くし、戦禍で苦しむ人を助ける。それがシャロームです。私たちはキリス
トという体の一部であるゆえに、キリストの愛を証し、シャロームに生きることが私たちに委ねら
れた使命です。シャロームに生きよ。聖書はそう教えています。
posted by nakamuracho at 13:49| Comment(0) | 礼拝記録